九四式四五口径四○センチ主砲(四六センチ砲)搭載、三年式60口径15.5センチ副砲搭載、八九式四○口径一ニ.七センチ連装高角砲搭載、九六式25ミリ3連装機銃搭載、九三式一三ミリ連装機銃搭載、15メートル、10メートル測距儀搭載、ニ号一型電波探信儀搭載、零式水上観測機搭載、バルバス・バウ(球状艦首)、バルジ、防水区画施設、全長263メートル、全幅38.9メートル、基準排水量64000トン、重油満載量6300トン、最大速力27ノット…。
かっこいいということは人を殺すものである。
何故なら、かっこいいものは昔から武器や兵器と決まっている。
加えて、巨大な物は人びとに畏敬の念を与える。
だからより多くの人間を殺すことにもなる。
「外舷(がいげん)を銀白一色に塗装せる「大和」、七万三千瓲(トン)の巨体は魁偉(かいい)なる艦首に菊の御紋章を輝かせ、四周を圧して不動盤石(ばんじゃく)の姿なり」(吉田満 著『戦艦大和の最期』角川文庫刊より)
マルセル・デュシャンが言及するように、「いつも死ぬのは他人ばかり…」なのだから、人間は永久に「死」を体感することはできない。
無論、「死」とは一個の観念である。
そういう意味では、「大和」(同義語としての国家)もまた、巨大な死のメタファーなのであろう。
『戦艦大和の最期』を受けて、二、三の文化人は「テルモピレーの戦い」(名誉ある玉砕戦)などと言う。
しかし、この小説の中では、例えば、主人公が激戦の末、いよいよ壊滅を前にしながら、意外にも淡々と菓子を頬張る様子が描かれている。艦長もまた、死出の別れに部下から貰ったビスケットを囓る。
「うまし、言わん方なくうまし」というのである。
こうした描写は決して、兵士たちの剛毅を表しているのではない。
死の玉砕戦が、単に「死の玉砕戦」という名のうっとおしい日常であることを暴いているのである。
実はこうした箇所に、観念としての「死」から突如抜け落ちた無垢の手応えがある。
この作品にはこのように、どこか否定や賛美を超越した、戦場というものへの醒めた眼差しがある。
ところでそれは、この物語りが、終戦直後に書かれた正真正銘の手記であることから、本物の戦場のフィーリングがおおよそこうしたものであろう、などという意味ではない。
事実、そんなものは、共通認識としての本物の戦場≠ネどというものは、この世のどこにもありはしない。
つまり、これは紛れもなく作者独特の感性であり、作風というものである。
だから一方で、ある人がこれを「テルモピレー」(純観念的美徳としての「死」=「散華」)と見立てようとも、それもひとつの戦争(歴史)の解釈ということになる。
つまり、出征してゆく兵士が、実は誰ひとり、自らが戦死する場面を想像しない(できない)ように、各々の「戦争」とは(というよりも戦争こそ)実態の無い、民族が織りなすところの「象徴」に過ぎないのである。
だからこそ戦争は無くならない。
「死」とは我々にとって傍観したり文脈化するものであって、決して、体感する(できる)ものではないのだから。
もとより、「観念」が「言語」によって周到に編み込まれた思惟という名のフィクションである以上、人は言葉を生み出した時から、いわば、対象化できるあらゆるものを「美徳」に変えてしまったのだ。
だから、戦争さえ美しいのは自然なことである。
美しい民族、美しい国家、美しい精神、美しい動機、美しい兵器…。
そして地獄が口を開けている。
無論、美しい地獄が…。
「われ一瞬とて死に直面したるか
出港以来、死生の関頭にふさわしく、みずからを凝視せしことありや
最後の刻々に、些かの生甲斐をも感じ得たるや
われは死を知らず 死に触れず」 (吉田満 著 『戦艦大和の最期』角川文庫刊より)