何人も、何人といえども、ママンのことを泣く権利はない。そして、私もまた、全く生きかえったような思いがしている。あの
大きな憤怒が、私の罪を洗い清め、希望をすべて空にしてしまったかのように、このしるしと星々とに満ちた夜を前にして、
私ははじめて、世界の優しい無関心に、心をひらいた。これほど世界を自分に近いものと感じ、自分の兄弟のように感じる
と、私は、自分が幸福だったし、今もなお幸福であることを悟った。
七号房に兄弟を殺した男がいて、そいつは、おれはほんとはやらなかった、おれ
の潜在意識がやったんだ、と言っている。それはどういう意味だとおれがきいたら、
そいつの言うことに、人間には二つの自分がある、一つは自分の知ってる自分で、
もう一つは自分の知らない自分だ、なぜならそれは潜在意識だから、と。この話は
おれをぞっとさせた。おれはほんとにやって、それを知らずにいるのか?
ジェームス・ケイン/田中西二郎 訳 『郵便配達は二度ベルを鳴らす』より
生前彼女が此れを奏でると天鼓も嬉々として咽喉を鳴らし声を絞り絃の音色と技を競った。天鼓は此の曲を聞いて生れ故郷の渓谷を想い広々とした天地の陽光を慕ったのであろうが佐助は春鶯囀を弾きつつ何処へ魂を馳せたであろう触覚の世界を媒介として観念の春琴を視詰めることに慣らされた彼は聴覚に依ってその欠陥を充たしたのであろう乎。人は記憶を失わぬ限り故人を夢に見ることが出来るが生きている相手を夢でのみ見ていた佐助のような場合にはいつ死別れたともはっきりした時は指せないかも知れない。
この話がわたしの夢か、わたしの一時的狂気の幻でなかったならば、あの押し絵
と旅をしていた男こそ、狂人であったに相違ない。だが、夢が時として、どこかこの
世界と食いちがった別の世界をチラリとのぞかせてくれるように、また、狂人が、
われわれのまったく感じえぬものごとを見たり聞いたりすると同じに、これはわたし
が、不可思議な大気のレンズ仕掛けを通して、いっせつな、この世の視野の外に
ある別の世界の一隅を、ふと、すき見したのであったかもしれない。
「人生をあきらめた方がうまく話せるのだ 人生の代償…」
「命がけなのね」
「話すことはもう一つの人生だ 別の生き方だ
― 分かるかね
話すことは話さずにいる人生の死を意味する
― うまく説明できたかな
話すためには一種の苦行が必要なんだ 人生を利害なしに生きること」
ジャン=リュック・ゴダール監督作品/山田宏一 訳 映画『女と男のいる舗道』より
「いい気持ちですね」
「涼しいですね」
「さすが、北ですね」
「どうして他はこんな涼しくないんですかね」
「他って、南の方ですか?」
「この国ですよ.どうしてみんなこう、涼しくないんですかね」
貴様が心悪しき者でおれが正しい者
銃を構えてるそいつが悪の谷間でおれを守る羊飼い
あるいは貴様が心正しい者でおれが羊飼い
世の中が悪で利己的なのかも
そう考えてえ
だが真実じゃねえ
真実は貴様が弱き者おれは“心悪しき者の暴虐”だ
だが努力はしてる
羊飼いになろうと一生懸命努力してる
クエンティン・タランティーノ監督作品/戸田奈津子 訳 映画『パルプフィクション』より
ある夜倉庫のかげで聞いた話
「お月様が出ているね」
「あいつはブリキ製です」
「なに ブリキ製だって?」
「ええどうせ旦那 ニッケルメッキですよ」(自分が聞いたのはこれだけ)
おれを見ろ お菓子のピエロだ
女にかまうなよ ラブレターが行くぜ どデカい一発がな
ラブレターってのはな弾丸のことだよ
受け取ったらオダブツだ 分かったか? 地獄へ送ってやる
夢の中でおまえと歩く 夢の中でおまえと話す
夢の中でおまえはおれのもの いつも いつまでも
デイヴィッド・リンチ監督作品/関美冬 訳 映画『ブルーベルベット』より
「そうだ コーヒーをシャンパンと思おう」
「なぜだ?」
「人生を祝うのさ 金持ちの上流階級がするように」
ジム・ジャームッシュ監督作品 映画『コーヒー&シガレッツ』より